「AIを使えと言っても、現場がついてこない」「専任のIT担当もいないし、誰が音頭を取ればいいのか分からない」「結局、自分(社長)が忙しくて手が回らない」——。前回、AIの成果は道具選び1割・使い方9割だと見ました。では9割側を、誰が動かすのか。この記事では、専任部署がない中小企業でも回る「推進体制」を整理します。
- AIが進まない最大の原因は現場でなく経営者の旗振り不足
- 推進体制は「旗を振る社長+実験役の数人+現場全員」の三段構え
- 情シス専任がいないことは、弱みではなく強みにもなる
止まっているのは「現場」ではなく「経営者」
まず、多くの経営者の思い込みをひっくり返すデータから始めます。「AIが進まないのは現場が遅れているから」——これは、世界最大級の調査では逆でした。
ほぼすべての企業がAIに投資しているが、AIが業務に根づいた「成熟」段階にあると答えたリーダーはわずか1%。拡大を阻む最大の壁は、準備のできている従業員ではない。十分な速さで舵を切れていないリーダーのほうだ。
(McKinsey「Superagency in the Workplace」従業員3,613名+経営層238名調査/2025年)
しかも同じ調査で、経営層は従業員のAI利用を実際の3分の1に過小評価していました(4%程度と見積もるが、実際は約13%)。つまり現場はもう使い始めているのに、経営側がそれを把握できず、方向も示せていない。「現場がついてこない」と嘆く社長ほど、実は自分が旗を振れていない可能性が高い、というわけです。
なぜ中小企業ほど「社長の本気度」が効くのか
これは大企業より、むしろ中小企業に強く当てはまります。理由はシンプルで、中小では社長の一存が、組織全体の空気をそのまま決めてしまうからです。社長が「自分はよく分からないから」と距離を置けば、現場は「重要ではないのだな」と受け取ります。逆に、社長が率先して使って見せると、空気は一気に変わります。BCGの調査でも、リーダーが強く後押しすると、従業員のAIへの前向きな気持ちが15%から55%へと跳ね上がると報告されています。
大事なのは、社長がAIの技術に詳しくなることではありません。経営者自身がAIを“相棒”として使い、「うちはAIを仕事に活かす」と方向を示し、続ける後押しをすること。旗振り役の本質は、技術力ではなく本気度と方向づけです。
専任部署がなくても回る「三段構え」
とはいえ、社長一人が全部を背負う必要はありません。AI活用研究の第一人者、ウォートン校のイーサン・モリック教授は、組織を3つの層で設計するとうまく回ると説きます。仕事の言葉に置き換えると、こうなります。
- 旗を振る人(経営層):方向を決め、「使っていい」というお墨付きと、うまく使った人が報われる仕組みを用意する。
- 実験役の数人(ラボ):AIが得意な少人数。新しい使い方を素早く試し、改善し、現場に渡す。
- 現場全員(クラウド):道具とお墨付きを与えられた全従業員。日々の仕事の中から、想定外の便利な使い方を見つけ出す。
モリックが強調するのは、いちばん良いアイデアは、現場(全員)から出てくるという点です。AIは、その仕事を一番よく知っている人の手の中でこそ力を発揮します。だから「賢い人が上から正解を配る」のではなく、「現場が見つけた工夫を、実験役がすくい上げて磨き、全社へ渡す」。この流れが推進体制の心臓部です。
情シスがいないのは、弱みではなく強みにもなる
「うちには専任のIT部門がない」——これを弱みだと感じる必要はありません。MITの研究は、むしろ逆の可能性を示しています。AIの壁を越える差は、予算でも技術でもなく「やり方は現場に任せ、結果の責任は会社が持つ」という組織設計にある、と。中央の専門部署だけに権限を集めるより、各部署の管理職や、社内でいちばんAIが得意な人(パワーユーザー)に権限を渡すほうが、定着は速い。
大きな専門部署を作れない中小企業は、最初からこの「現場に任せる」形を取りやすい立場にあります。部署ごとに得意な一人を“その部署のAI担当”に任命する——大がかりな組織改革ではなく、これだけで三段構えは動き出します。
まず社長がやる最初の一歩は、たった2つ。(1)「うちはAIを仕事に活かす」と方向を宣言し、自分も使って見せる。(2) 各部署で“AIが得意な一人”を旗振りの実務担当に任命する。立派な規程やシステムより、この2つが先です。次回は、その現場で必ず出てくる「使いたがらない人・隠れて使う人」への向き合い方を扱います。
三層の三角形。上「旗を振る社長=方向・お墨付き・報われる仕組み」、中「実験役の数人=試す・磨く・渡す」、下「現場全員=想定外の使い方を発見」。矢印は下から上へ「現場の工夫をすくい上げる」、上から下へ「お墨付きと方向」。脇に「McKinsey:障壁は現場でなくリーダー(成熟1%)」「BCG:リーダーの後押しで前向き15%→55%」。
まとめ
- AIが進まない最大の原因は現場でなく経営者の旗振り不足(成熟リーダーは1%)。
- 推進体制は旗を振る社長+実験役の数人+現場全員。良いアイデアは現場から出る。
- 情シス専任がいない中小こそ「現場に任せ、責任は会社が持つ」形を取りやすい=強みになる。